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トップ > マクドナルド > マクドナルド - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月7日 8時)
[Photo] お前の見ている世界は全て人工現実だ - TiltShiftMaker すごい!
ブリスタの写真ネタの輸入元といえば id:omoonさんですが(笑)、今回は http://tiltshiftmaker.com/ が紹介されていたんだけれどもこれはすごいぞなんというかこういうサービスがすごい世界規模で求められていたっていうかあわわなんというかちょっとショックっていうかいろんなノウハウをみんなで考えていたのが一気に大衆化されてしまったっていうかなんだかいろいろ考えさせられますがとにかく気持ちが良いので使うしかない。
写真をアップロードすると、それをまるでミニチュアで作られた風景を撮影したような写真に変えてくれます。例えば、スコットランドのスターリングの風景で試したらこんな感じ。
( ^ω^) 上機嫌!
外国人への手土産はぜひ写真集で、それもとびきりクールなやつを・・・というのは、私が長年に渡って試行錯誤してきた「外国人向け日本のお土産」の今のところの最適解なんです。だって、キモノやオリガミやカルタを「これが日本です!」って渡すのは、なんか自分にとってリアルじゃないし、かといってアニメやゲームを「日本」を代表するものとして渡すのも私のポリシィに合わないw
ミニチュア風写真のたぶん元祖といって差し支えないと思うんですけど、違ったらごめんなさい。本城直季さんの撮る「ミニチュア風の風景写真」の写真集があります。『small planet』です。ちょうど一時帰国していたときにこれを本屋さんで発見してガビーンと衝撃が走ったし、思わず数冊まとめ買いして、イギリスへのお土産にしました(笑)。結果は大好評。あとがきと解説に英語もついているし、単にミニチュア風にするという技巧だけでなく、そこに選ばれている風景も秀逸で、国境を越えて良さが直感的に伝わる。「どうやって撮ってるのか、想像もできない!けどファンタスティックでラブリィ!」
というわけで、http://tiltshiftmaker.com/ には衝撃を受けたんだけれども、こういう大衆化されたサービスが出てくることによって、元祖の価値が下がるかというと、実はまったく逆で、ますますプロの技やオリジナルな視点が際だってきます。似ているものができる!でもどうやっても越えられない壁、何か薄皮一枚で触れられないもの、そういうものを感じさせてしまう。それも、まあ、ショックw
とりあえず外国人へのお土産はひねりましょう。
作者:britishstudies
更新日:2009年1月7日 10時58分
[Book][UK][Celt] ゴールズワージー『林檎の樹』(1916)
12月に文化史学会で報告したときのことです。懇親会に出席して飲んだくれていたら、その学会で講演をされた高橋昌明先生にわざわざ声をかけていただきました。「もしゴールズワージーの『林檎の樹』を読まれていたら、ご意見を伺おうと思いまして」とのこと。しかし私は未読だったので、あらすじを先生から伺いました。ケルトとイギリスの関係が鍵になっている物語とのこと。
この本、昭和28年に新潮文庫から翻訳が出ています。さらに新訳が角川文庫から出ているようです(→リンゴの木 (角川文庫))。私は古い新潮文庫版を、大学図書館で見つけて読んでみました。100頁にも満たない短編なので、独特の翻訳調にさえ馴染めばすぐに読み切ることができます。
イングランドのオックスフォード大学を卒業したばかりの青年が、友人とデボンシャーに旅をした際、偶然、とある農場で可憐な少女と出会います。青年はその田舎住まいの彼女を、野に咲く花のように美しく思い、お互いに恋に落ちます。青年はひとり農場に残り、二人は逢瀬を重ねます。そして最終的には、林檎の樹の下で、二人はロンドンへ駆け落ちをする約束を交わします。
しかし、駆け落ちの準備のために街の銀行まで出かけた青年は、偶然にも家族連れで避暑に来ている大学時代の同級生と会ってしまい、そのまま彼と彼の三人の妹たちの別荘へと連行されてしまう(笑)。そして海で遊び、妹たちとじゃれあっているうちに、都会的な、そして上流階級の生活というものを思い出してしまい、農場へ帰る気を無くしてしまい、そのままロンドンへ帰ってしまう。そしてその妹たちの一人と結婚してしまいます。
そして26年後、青年は妻とデボンシャーを訪れた際に、この若い日の記憶が蘇ってしまう。深い考えもなくノスタルジックな想いから農場を尋ねてみると、十字路にお墓が立っている。年老いた農夫に尋ねてみると、自殺をした人間は墓地ではなく十字路に埋められるという古い風習があり、この農場にいた少女は、とある青年が去っていった後まもなく、林檎の樹の下で自殺をしてしまったのだという。
(#^ω^) ヒドス!
・・・と、まあ、これだけのお話です。しかし加藤にとって、この物語のポイントは、至るところに人種的な表現が出てくるところ。あらゆる記述が人種を意識して書かれているところが、なかなか露骨で面白いのです。
冒頭いきなり友人はレッド・インディアンを考えの足りない原始的な奴らだといってこき下ろしています。それに比べてイングランド人は感情的すぎる、らしいです。この話は、のちに青年が感情に駆られて少女と恋に落ちることの伏線になっています。
青年が恋をする農場の少女は、彼女はウェールズの血をひくケルト人であるとされています。家事手伝いで肌は日に焼けており、手は荒れている。青年は彼女を美しい野草のようだと表現し、洗練された自分に憧れを抱く彼女をまた好ましく思います。そして青年は、彼女に野性的なものに高貴なもの・美しいものを感じ、自分がそれを守ってやらなければならない、という使命感に駆られます。そして彼女もまた、彼に恋をしている・・・。
結局、「あまりにもイングリッシュ」な青年は、ピアノを嗜み、金髪で透き通るような白い肌を持つ友人の妹と結婚してしまうのですが、農場の娘と、この友人の妹はまったく対立するものとして描かれていることがわかります。
- 作者: ゴールズワージー, 三浦新市
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/11/22
- メディア: 文庫
物語としては、なんというか、やるせないものが残りますが、1916年当時のイギリスの上流社会の雰囲気は、とてもよく伝わってきます。ぜひ読んで義憤に駆られていただきたいw
作者:britishstudies
更新日:2009年1月6日 16時13分
[Diary] 空と麺で綴る年末と元日
あけましておめでとうございます!
家族の都合で大晦日は大阪のホテルで過ごしました。新年は常にホームだったので、アウェイで年を越すのはどんなものかなと少し不安でした。しかーし、さすがホテルw、家具は自宅よりちゃんとしてるし、風呂は自宅よりぜんぜん広いし、年越し蕎麦もホテル内のお店まで食べにいけばいいだけだし、いろいろ楽ちんで良かったです。
さて年末の数日は、未来をクリエイトすると同時に仕事をクリエイトすることにも定評のあるY山先生のお仕事をするために家に籠もっていました。Flickrのセット「今日の空」も、すっかり夜空だったり、窓の格子越しの空だったり、なんとなく囚われている感じになっています。家から出ないと、おなかが減らないんですよねえ……。
さて大晦日!
大阪のホテルへ行くのは良いとして、家人は仕事へ行ってしまったので、夜までひとりで大阪で過ごさなければいけない。それも何だかな、と思い、勝手ながら帰国間際のスイス人L氏を「体調が悪い」というのを無理やり京都から大阪まで呼び出してみました。呼び出してみたら、本当に体調が悪かったみたいで、申し訳ないことをしました。
彼が「まんだらけに行きたい。案内せよ」と言うので、こいつ私のことをGoogle Mapsか何かだと勘違いしてるんじゃないかなと思いながら、「おまかせあれ!」と魔法を使うかわりにiPhoneでまんだらけを検索して辿り着きました。まんだらけは日本橋からアメリカ村へ移転したのです。アメリカ村には、10年振りぐらいに行きました。スイス人L氏は敏感に街の空気を察知したのか「ここはもう一つの日本だなあ」と言っていました。いや、これも普通に日本なんですけどね−。三角公園のあたりなど、やたらと監視カメラがたくさんあることを不審に思ったみたい。外国人が街角に何人も立っているのを見て、「麻薬でも売ってるいるのか」。まあ、どうなんでしょうか。
その後、難波まで歩いて帰って、日本橋方面まで足を伸ばしたのですが、夕方になると、どんどんお店が閉まり出して、どんどん寂しくなってくる。さすが大晦日。飲食店まで閉まりだして、これは早く食べないと食いっぱぐれるな、というか、スイス人L氏の体調がどんどん悪くなってきている(笑)。しかも何が食べたいのか聞いたら「お好み焼きが食べたい」とか言う。いや、それは風邪が私にうつる可能性があるので絶対に回避しなければと思い、「お好み焼きは前にも食べたから別のものにしようね」とか色々理由をつけながら店選びの主導権を握りw、無難に地下街の洋食屋さんに閉店間際に滑り込んで、お互いにそれぞれ定食を食べました。安全!
その後、そのままスイス人L氏を地下鉄に送り出し、私は別の路線でホテルまで移動。まずは入念に手洗いとうがいをした後、部屋でおとなしく紅白歌合戦を楽しみました。その観戦記は私のTwitterの過去ログにあがっていますw
さすがに19階の高さから大阪の街を眺めると、ブレードランナーの香りがして、うどんが食べたくなりますね。まあ年越しなので蕎麦を食べました。id:omoonさんをリスペクトして「今日の麺」のフォトセットをFlickrに作ってみました。ではそこから一枚。
谷町9丁目の月山さん、ごちそうさまでした。
明けて新年は、ヨドバシカメラ、ソフマップ、ビックカメラと量販店の初売りを回って京都へ帰ってきましたが、特にめぼしいものはありませんでした。ヨドバシカメラが全品ポイント5%アップを五日までやっているみたいです。ファイルメーカの『Bento 2』を買ってきました。
初詣は明日行くつもりです。それでは2009年も加藤とブリスタをよろしくお願い致します。
作者:britishstudies
更新日:2009年1月1日 21時49分
[Photo][今日の空] やっと冬が来ました
作者:britishstudies
更新日:2008年12月26日 2時6分
[UK][New Media] 都市化の失敗か、情報化の進展か?
1960年代に、イギリスでは都市研究が盛んになった。当時は環境学の名の元に、地理学、都市計画、社会学の専門家たちが集って「都市化」について考えていたらしい。彼/彼女らはある意味で「未来論者」だったから、都市研究の成果を結晶化した「都市化の発展モデル」をさまざまな対象に応用することで、将来の変化を予測できると考えた。例えば、イギリスという国の未来は、都市化のモデルによって予測することができると考えた。
あらゆる田舎は都市になる。そこには一定のパターンが存在する。イギリスという国は、いずれ一つの大きな都市(メガロポリス)になるに違いない・・・と、1969年当時、ある都市研究者たちは考えた。彼らが夢見たものは、その後30年間に渡って世紀末まで拡大し続ける都市の姿である。ロンドンとその周辺を中心として形成される一つの都市は、やがてリーズやリバプールといった北イングランドまで拡大していく。イギリス全土で建設中の高速道路は、単に都市と都市を結びつけるネットワークではない。それらはやがて拡大する都市に飲み込まれ、メガロポリスの内部を走る「目抜き通り」になっていく。このイギリス全土の「都市化」のプロセスは、30年をかけて進行し、20世紀末にはイギリスは一つの巨大なメガロポリスになるのだ……。
ところが21世紀になっても、北イングランドに住んでいる人々にとって、依然としてロンドンは遙か彼方の大都市にすぎない。ロンドンとマンチェスターの間にはいくつかの都市と広大な「都市ではない地域」が広がっている。イギリスは一つのメガロポリスにはならなかったのである。ましてや北イングランドのさらに北、スコットランドが、ロンドンの都市域に飲み込まれるなどという状況は、想像すらできない。ロンドンどころか、皮肉なことに、「イギリス」という一つの国を想像することすら、1960年代よりも難しくなったとさえ言える。
作者:britishstudies
更新日:2008年12月18日 2時29分
[Photo] お前の見ている世界は全て人工現実だ - TiltShiftMaker すごい!
ブリスタの写真ネタの輸入元といえば id:omoonさんですが(笑)、今回は http://tiltshiftmaker.com/ が紹介されていたんだけれどもこれはすごいぞなんというかこういうサービスがすごい世界規模で求められていたっていうかあわわなんというかちょっとショックっていうかいろんなノウハウをみんなで考えていたのが一気に大衆化されてしまったっていうかなんだかいろいろ考えさせられますがとにかく気持ちが良いので使うしかない。
写真をアップロードすると、それをまるでミニチュアで作られた風景を撮影したような写真に変えてくれます。例えば、スコットランドのスターリングの風景で試したらこんな感じ。
( ^ω^) 上機嫌!
外国人への手土産はぜひ写真集で、それもとびきりクールなやつを・・・というのは、私が長年に渡って試行錯誤してきた「外国人向け日本のお土産」の今のところの最適解なんです。だって、キモノやオリガミやカルタを「これが日本です!」って渡すのは、なんか自分にとってリアルじゃないし、かといってアニメやゲームを「日本」を代表するものとして渡すのも私のポリシィに合わないw
ミニチュア風写真のたぶん元祖といって差し支えないと思うんですけど、違ったらごめんなさい。本城直季さんの撮る「ミニチュア風の風景写真」の写真集があります。『small planet』です。ちょうど一時帰国していたときにこれを本屋さんで発見してガビーンと衝撃が走ったし、思わず数冊まとめ買いして、イギリスへのお土産にしました(笑)。結果は大好評。あとがきと解説に英語もついているし、単にミニチュア風にするという技巧だけでなく、そこに選ばれている風景も秀逸で、国境を越えて良さが直感的に伝わる。「どうやって撮ってるのか、想像もできない!けどファンタスティックでラブリィ!」
というわけで、http://tiltshiftmaker.com/ には衝撃を受けたんだけれども、こういう大衆化されたサービスが出てくることによって、元祖の価値が下がるかというと、実はまったく逆で、ますますプロの技やオリジナルな視点が際だってきます。似ているものができる!でもどうやっても越えられない壁、何か薄皮一枚で触れられないもの、そういうものを感じさせてしまう。それも、まあ、ショックw
とりあえず外国人へのお土産はひねりましょう。
作者:britishstudies
更新日:2009年1月7日 1時58分
[Book][UK][Celt] ゴールズワージー『林檎の樹』(1916)
12月に文化史学会で報告したときのことです。懇親会に出席して飲んだくれていたら、その学会で講演をされた高橋昌明先生にわざわざ声をかけていただきました。「もしゴールズワージーの『林檎の樹』を読まれていたら、ご意見を伺おうと思いまして」とのこと。しかし私は未読だったので、あらすじを先生から伺いました。ケルトとイギリスの関係が鍵になっている物語とのこと。
この本、昭和28年に新潮文庫から翻訳が出ています。さらに新訳が角川文庫から出ているようです(→リンゴの木 (角川文庫))。私は古い新潮文庫版を、大学図書館で見つけて読んでみました。100頁にも満たない短編なので、独特の翻訳調にさえ馴染めばすぐに読み切ることができます。
イングランドのオックスフォード大学を卒業したばかりの青年が、友人とデボンシャーに旅をした際、偶然、とある農場で可憐な少女と出会います。青年はその田舎住まいの彼女を、野に咲く花のように美しく思い、お互いに恋に落ちます。青年はひとり農場に残り、二人は逢瀬を重ねます。そして最終的には、林檎の樹の下で、二人はロンドンへ駆け落ちをする約束を交わします。
しかし、駆け落ちの準備のために街の銀行まで出かけた青年は、偶然にも家族連れで避暑に来ている大学時代の同級生と会ってしまい、そのまま彼と彼の三人の妹たちの別荘へと連行されてしまう(笑)。そして海で遊び、妹たちとじゃれあっているうちに、都会的な、そして上流階級の生活というものを思い出してしまい、農場へ帰る気を無くしてしまい、そのままロンドンへ帰ってしまう。そしてその妹たちの一人と結婚してしまいます。
そして26年後、青年は妻とデボンシャーを訪れた際に、この若い日の記憶が蘇ってしまう。深い考えもなくノスタルジックな想いから農場を尋ねてみると、十字路にお墓が立っている。年老いた農夫に尋ねてみると、自殺をした人間は墓地ではなく十字路に埋められるという古い風習があり、この農場にいた少女は、とある青年が去っていった後まもなく、林檎の樹の下で自殺をしてしまったのだという。
(#^ω^) ヒドス!
・・・と、まあ、これだけのお話です。しかし加藤にとって、この物語のポイントは、至るところに人種的な表現が出てくるところ。あらゆる記述が人種を意識して書かれているところが、なかなか露骨で面白いのです。
冒頭いきなり友人はレッド・インディアンを考えの足りない原始的な奴らだといってこき下ろしています。それに比べてイングランド人は感情的すぎる、らしいです。この話は、のちに青年が感情に駆られて少女と恋に落ちることの伏線になっています。
青年が恋をする農場の少女は、彼女はウェールズの血をひくケルト人であるとされています。家事手伝いで肌は日に焼けており、手は荒れている。青年は彼女を美しい野草のようだと表現し、洗練された自分に憧れを抱く彼女をまた好ましく思います。そして青年は、彼女に野性的なものに高貴なもの・美しいものを感じ、自分がそれを守ってやらなければならない、という使命感に駆られます。そして彼女もまた、彼に恋をしている・・・。
結局、「あまりにもイングリッシュ」な青年は、ピアノを嗜み、金髪で透き通るような白い肌を持つ友人の妹と結婚してしまうのですが、農場の娘と、この友人の妹はまったく対立するものとして描かれていることがわかります。
- 作者: ゴールズワージー, 三浦新市
- 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
- 発売日: 2008/11/22
- メディア: 文庫
物語としては、なんというか、やるせないものが残りますが、1916年当時のイギリスの上流社会の雰囲気は、とてもよく伝わってきます。ぜひ読んで義憤に駆られていただきたいw
作者:britishstudies
更新日:2009年1月6日 7時13分
[Diary] 空と麺で綴る年末と元日
あけましておめでとうございます!
家族の都合で大晦日は大阪のホテルで過ごしました。新年は常にホームだったので、アウェイで年を越すのはどんなものかなと少し不安でした。しかーし、さすがホテルw、家具は自宅よりちゃんとしてるし、風呂は自宅よりぜんぜん広いし、年越し蕎麦もホテル内のお店まで食べにいけばいいだけだし、いろいろ楽ちんで良かったです。
さて年末の数日は、未来をクリエイトすると同時に仕事をクリエイトすることにも定評のあるY山先生のお仕事をするために家に籠もっていました。Flickrのセット「今日の空」も、すっかり夜空だったり、窓の格子越しの空だったり、なんとなく囚われている感じになっています。家から出ないと、おなかが減らないんですよねえ……。
さて大晦日!
大阪のホテルへ行くのは良いとして、家人は仕事へ行ってしまったので、夜までひとりで大阪で過ごさなければいけない。それも何だかな、と思い、勝手ながら帰国間際のスイス人L氏を「体調が悪い」というのを無理やり京都から大阪まで呼び出してみました。呼び出してみたら、本当に体調が悪かったみたいで、申し訳ないことをしました。
彼が「まんだらけに行きたい。案内せよ」と言うので、こいつ私のことをGoogle Mapsか何かだと勘違いしてるんじゃないかなと思いながら、「おまかせあれ!」と魔法を使うかわりにiPhoneでまんだらけを検索して辿り着きました。まんだらけは日本橋からアメリカ村へ移転したのです。アメリカ村には、10年振りぐらいに行きました。スイス人L氏は敏感に街の空気を察知したのか「ここはもう一つの日本だなあ」と言っていました。いや、これも普通に日本なんですけどね−。三角公園のあたりなど、やたらと監視カメラがたくさんあることを不審に思ったみたい。外国人が街角に何人も立っているのを見て、「麻薬でも売ってるいるのか」。まあ、どうなんでしょうか。
その後、難波まで歩いて帰って、日本橋方面まで足を伸ばしたのですが、夕方になると、どんどんお店が閉まり出して、どんどん寂しくなってくる。さすが大晦日。飲食店まで閉まりだして、これは早く食べないと食いっぱぐれるな、というか、スイス人L氏の体調がどんどん悪くなってきている(笑)。しかも何が食べたいのか聞いたら「お好み焼きが食べたい」とか言う。いや、それは風邪が私にうつる可能性があるので絶対に回避しなければと思い、「お好み焼きは前にも食べたから別のものにしようね」とか色々理由をつけながら店選びの主導権を握りw、無難に地下街の洋食屋さんに閉店間際に滑り込んで、お互いにそれぞれ定食を食べました。安全!
その後、そのままスイス人L氏を地下鉄に送り出し、私は別の路線でホテルまで移動。まずは入念に手洗いとうがいをした後、部屋でおとなしく紅白歌合戦を楽しみました。その観戦記は私のTwitterの過去ログにあがっていますw
さすがに19階の高さから大阪の街を眺めると、ブレードランナーの香りがして、うどんが食べたくなりますね。まあ年越しなので蕎麦を食べました。id:omoonさんをリスペクトして「今日の麺」のフォトセットをFlickrに作ってみました。ではそこから一枚。
谷町9丁目の月山さん、ごちそうさまでした。
明けて新年は、ヨドバシカメラ、ソフマップ、ビックカメラと量販店の初売りを回って京都へ帰ってきましたが、特にめぼしいものはありませんでした。ヨドバシカメラが全品ポイント5%アップを五日までやっているみたいです。ファイルメーカの『Bento 2』を買ってきました。
初詣は明日行くつもりです。それでは2009年も加藤とブリスタをよろしくお願い致します。
作者:britishstudies
更新日:2009年1月1日 12時49分
[Photo][今日の空] やっと冬が来ました
作者:britishstudies
更新日:2008年12月25日 17時6分
[UK][New Media] 都市化の失敗か、情報化の進展か?
1960年代に、イギリスでは都市研究が盛んになった。当時は環境学の名の元に、地理学、都市計画、社会学の専門家たちが集って「都市化」について考えていたらしい。彼/彼女らはある意味で「未来論者」だったから、都市研究の成果を結晶化した「都市化の発展モデル」をさまざまな対象に応用することで、将来の変化を予測できると考えた。例えば、イギリスという国の未来は、都市化のモデルによって予測することができると考えた。
あらゆる田舎は都市になる。そこには一定のパターンが存在する。イギリスという国は、いずれ一つの大きな都市(メガロポリス)になるに違いない・・・と、1969年当時、ある都市研究者たちは考えた。彼らが夢見たものは、その後30年間に渡って世紀末まで拡大し続ける都市の姿である。ロンドンとその周辺を中心として形成される一つの都市は、やがてリーズやリバプールといった北イングランドまで拡大していく。イギリス全土で建設中の高速道路は、単に都市と都市を結びつけるネットワークではない。それらはやがて拡大する都市に飲み込まれ、メガロポリスの内部を走る「目抜き通り」になっていく。このイギリス全土の「都市化」のプロセスは、30年をかけて進行し、20世紀末にはイギリスは一つの巨大なメガロポリスになるのだ……。
ところが21世紀になっても、北イングランドに住んでいる人々にとって、依然としてロンドンは遙か彼方の大都市にすぎない。ロンドンとマンチェスターの間にはいくつかの都市と広大な「都市ではない地域」が広がっている。イギリスは一つのメガロポリスにはならなかったのである。ましてや北イングランドのさらに北、スコットランドが、ロンドンの都市域に飲み込まれるなどという状況は、想像すらできない。ロンドンどころか、皮肉なことに、「イギリス」という一つの国を想像することすら、1960年代よりも難しくなったとさえ言える。
作者:britishstudies
更新日:2008年12月17日 17時29分








